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2021年4月15日 デイボーション

歴代誌 第二 30章


『恵みを分かち合う事』

 「ねえ、ねえ、聞いて、聞いて、今日、こんな事があったんだよ!」娘たちを学校に迎えに行って帰る車の中の会話だ。嬉しいことがあると満面の笑顔で語ってくれる子ども達。きっとその当時のヒゼキヤもそんな気持ちだったのではないだろうか?

 29章で主の宮の奉仕の用意ができ、ヒゼキヤはイスラエルとユダの全土に人を遣わし、またエフライムにある主の宮に来てイスラエルの神、主に過越のいけにえを献げるよう呼びかけた(1節)。純粋に、子どものように彼は心から喜んで、主の恵みを受け、共に兄弟姉妹と一緒に祈りたい、礼拝したい、賛美したいと思ったのだと思う。

 だが彼の声に聞き従った人は多くなかった(11節)。しかし、それまで偶像崇拝していた人々を一人でも多く、唯一の主に立ち返るきっかけを与えたのだから、神様はお喜びだったと思う。

 そして神様はやっぱり心が広い。身を聖別していない会衆のために、レビ人が代わって過越のいけにえを屠る役目を担い、またヒゼキヤは彼らのために主に向かって取りなしの祈りを捧げた。「いつくしみ深い主よ。彼らをお赦しください」(18節)この赦しは見返りを求めない赦し。Forgivenss. 律法学者のように細かいことはここでは問わない。立法を守るよりも大事なのは、心をきちんと主に向けること。主が私の唯一の主であると信じて聞き従うこと。だから久しぶりに、主の礼拝に参加した人々の振る舞いはどうでも良かったのだと思う。

 クリスチャン生活が長くなると、クリスチャンとはこうあるべき・・・と言う肉の思いで求道者の方に接してしまいそうになる。しかしヒゼキヤが聖別せずに礼拝に出た人の取りなしの祈りをしたように、私たちも神様と、求道者の間の掛橋にならなければいけないのではないだろうか。

聖徒たちの必要をともに満たし、努めて人をもてなしなさい」(ローマ人への手紙12:13)パウロが語ったように、沢山の恵みをすでに神様からいただいている私は積極的に、かつ努めて人の役に立つことに心を注がなければならないと思った。それが神様がおっしゃった隣人愛だから。


●祈り

天の父なる神様。このかけた器を用いて、どうぞあなたの御計画を成してください。いつも私の心に語りかけてください。イエスさまのお名前を通してお捧げいたします。

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