詩篇第五巻 112篇
「直ぐな人たちのために 光は闇の中に輝き昇る。
主は情け深く あわれみ深く 正しくあられる。」(4節)
日曜礼拝から心満たされて帰宅。ドアを開けるまでは笑顔で心も穏やかだった。しか し・・・ドアを開けたのを後悔する。家中めちゃくちゃな状態になっている。食べた物 の皿、包み紙、脱いだ洋服が散らばる。以前はこの状態を見るや否や感情が爆発して 「今すぐ片づけなさい!!!」と怒り奮闘していた。しかしそのような負の感情は私の闇だ。闇の中に主は光を御言葉として語ってくださる。だから最近は彼等に何も言わない。片づけられないのは彼らの問題だから。神様が彼らの心に働きかけてくださる事を 祈る。
今日の詩篇は111篇とセットのアルファベット順に歌われた詩篇との事。111篇は主 を祝福する詩。そして112篇は主の御心を地で行ってる直ぐな人を祝福する詩篇。作者は直ぐな人々の行いから主の栄光を見る。私たちもかくありたい。
「憎しみはうまくごまかし隠せても、彼の悪は集いの中で現れる。」(箴言26:26)
主は昨日から何度もこの箴言の御言葉を示してくださった。例え不条理だとしてもそ の集いに憎しみのある心のままでいては、その負の感情がそこにいる人々に伝わる。 ロールモデルになる親がいない私には子育ては人生の中で最大のチャレンジ。主はそんなチャレンジの中に私を置いた。12時間、連勤5日でも楽しく現役時代に仕事をしていた頃が懐かしい。
「わざわいだ、偽善の律法学者、パリサイ人。おまえたちは白く塗った墓のようなも のだ。外側は美しく見えても、内側は死人の骨やあらゆる汚れでいっぱいだ。同じよう に、おまえたちも外側は人に正しく見えても、内側は偽善と不法でいっぱいだ。」(マ タイ23:27~28)
「隠れているもので、あらわにされないものはなく、秘められたもので知られないも の、明らかにされないものはありません。」(ルカ8:17)
うちに秘めている本音を人にぶつければ大きな問題になる。しかし秘めたままでは心の
病気になってしまう。だから私がどうあるべきかを主に問い、こい希う。主はさまざまな方法で私を導いてくださる。
榎本保郎先生が『ちいろば牧師の一日一章』でこう語っている。
『なぜ私たちは恐れるのか、なぜ私たちは心がゆらぐのか、それは私たちが、そのところで神に信頼していないからである。一人子を惜しみなく与えてくださった、それほど までにしてご自身を表された神を信じないで、私たちは誰を信じ、何を信じて生きていくのか。それを考えたとき私たちは、神を信じないことがどんなに愚かなことかを知 ることが出来ると思う。恐れること、それは罪である。』
「その人はとこしえまでも揺るがされない。正しい人はとこしえに覚えられる。」(6 節)
揺らぐ心が私の中にある。だから不平不満が出る。私の心が揺らがぬよう、いつも御言葉と共に歩みたい。
【祈り】
「彼は貧しい人々に惜しみなく分け与えた。」(9節)
「善を行うことと、分かち合うことを忘れてはいけません。そのようないけにえを、神 は喜ばれるのです。」(ヘブル13:16)
天の父なる神様、イエス様。心貧しい私を見つけて、あなたの子として洗礼を授け、 今日までの歩みを見守ってくださった事を心から感謝いたします。 父なる神、御子イエス様の似姿へと変えられた”直ぐな人たち”のように心揺るがず、 あなたの愛を人々に惜しみなく分け与えられるような人格にどうぞ練り上げてくださ い。必要な時は砕き、最初から作り直してください。それがあなたのご計画であるならば、どんな試練でも聞き従います。例え試練の中だとしても、その闇の中にはあなたの 光がある事を私は知っているからです。貧しい私を用いてくださる事を心から感謝いたします。
主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。
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