2021年12月14日 ディボーション

詩篇第四巻 104篇


 詩人は、神の創造された大自然の豊かさ、深遠さを想い、創造主なる神を賛美する。「わがたましいよ、主をほめたたえよ」と、103篇に続き、「わがたましい」の賛美を捧げる。 

 それにしても、この詩の美しいことよ。原文で読めたら、もっとこの詩の美しさを味わうことが出来るのだろうが、日本語でも十分に美しい。

「満ち足りる」という言葉が、13、16、28節に3回記されている。この地は、神の良いもので満ち足りている。


 神が天と地を創造されたとき、第一日から第五日まで、その日ごとに「神は、良しと見られた」と繰り返される。そして最後の第六日には「神は、ご自分が造ったすべての物を見られた。見よ、それは非常に良かった。」(創世記1:31)で締めくくられている。

 神の創造された天地は、「非常に良かった」のである。私たちは、この大自然を通して、神への賛美を新たにする。


 しかし現在、この大自然はどうであろうか。地球温暖化の影響によって、災害は飛躍的に増えている。それは今に始まったことではない。人類はその繁栄と引き換えに、自然を破壊してきた。地球が悲鳴を上げている。

 まれに、キリスト教の教えが環境破壊の元凶だと言う人がいる。それは、神が人間にこの地球の管理を任せたので、キリスト教の人は自然を好き勝手に破壊するのだというのだ。それに対して東洋では、自然と共存するという思想がある。庭園を見れば、その違いは一目瞭然だ。西洋の庭園は、人間の好みの形に整える。曲がっていれば真っすぐにする。対して東洋の庭園は、出来る限り、自然のままを大切にする。曲がっていれば、曲がったままの味わいを生かす。

 しかし、キリスト教を環境破壊の元凶するのは違う。地球の管理を任された人間が、神から離れ、自己中心になり、果てしなき欲望を満たすために環境を破壊してきたのだ。すべては、人間の罪から生じたことだ。


 私たちは、神の創造されたこの地球を正しく管理し、この詩篇に描かれているような、美しい自然を保っていきたいと思わされる。環境破壊の原因も突き詰めれば人間の罪にある。イエスの十字架の救いは、私個人の救いに限らず、地球全体の環境の癒しにもつながっていくのだ。


 天の父なる神さま。あなたが造られた天と地を感謝します。私たちは十分な管理者ではありませんでした。願わくば、十字架による罪の赦しを得て、良き管理者としての使命を果たしていくことができますように。私たちを助け、導いてください。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン





















閲覧数:30回

最新記事

すべて表示

マルコの福音書 7章 『外から入って、人を汚すことのできるものは何もありません。』 6章から8章にかけて、イエスさまの有名なパンの御わざが2回出てくる。1回目は男だけで5000人もの人にパンと魚を分け与え、2回目は4000人の人をパンと小魚で満腹にしたという物語だ。聖餐式の原型なのだろうか、神さまの惜しみない恵みを目の当たりにして、にわかに信じられず、右往左往しながらフリーズしてしまう弟子たち。さ

詩篇第五巻 150篇 『十字架は賛美の力の源泉』 とうとうグランド・フィナーレである。角笛と琴と竪琴と、タンバリンとシンバルのあらゆる楽器のフルオーケストラで、ハレル・ヤハ=神をほめたたえよ、と高らかな賛美をいざなう。 大げさな表現は微塵もないのに、ことばの一字一句が気高く揺るぎない。それは神さまが絶対だから。聖書のみことばには霊的な力があることを、ビシビシ教えてくれる詩篇だ。 「御力の大空で 神

詩篇第五巻 149篇 私の夫の両親は、娘と息子たちが幼い頃に描いたパパとママの似顔絵や、想い出の写真の数々を額装し、部屋中に飾っていた。 夫が6歳の時に初めて作った小さな折り鶴は、リビングルームのガラス戸棚の中にちゃんと居場所を与えられ、誇らしげに微笑み、喜んでいるように見えた。 色褪せたそれら一つ一つを見つめる両親の目は、とても優しかった。 その中に、私たち夫婦の写真が加わったのを見た時、胸が熱