2021年12月12日 ディボーション

詩篇第四巻  102篇


 詩篇102篇は表題が、「苦しむ者の祈り。」と述べられている。

読んでいくと、筆者がどれだけ気落ちして、自分の嘆きを主の前に注ぎ出したかがうかがわれる。ヨブもそうだったように、この筆者も自分の苦しみ悩みを主に向かって祈ったのだ。

この102篇を読んでいてある賛美が心に甦ってきた。


 移りゆく時の間も (新聖歌349番)


1.移りゆく時の間も 悩みに勝つ力

  父より受けしわれは 心に恐れなし

  愛に満てる御神は 恵みを日々 与え

  悩み苦しむ時も 憩いと安き賜う


2.日々 主はそばにいまし わが身を憐れみて

  全ての重荷を負い 慰め助け給う

  「力は日ごとに 汝が求めにしたがいて

  増し加わらん」と 主はわれに誓い給う


3.悩み激しき時も 主の約束 頼み

  安けく過ぎゆくため 主よ 御言葉 賜え

  疲れし時に助け 御手にすがるわれを

  常に導き給え 御国に入る日まで 


 「後の世代のために書き記され 新しく造られる民が主を賛美しますように。」18節


 筆者は自分が人生の半ばで取り去られようとしていることを知っているけど、後の世代が主を信じて信仰を受け継いで、主の前に堅く立てられることを信じて心から感謝し祈るのである。

 主は、私達に他者の為に祈るその筆者の姿をここに示したのだ。



祈り

天の父なる神様。あなたの御名を褒めたたえます。

あなたは私達が悩み苦しむ時も憩いと安らぎをあたえられ、いつもそばにおられ慰め助けられるお方です。そのことをいつも思いだし、特に人生に悩み、苦しみにあった時は、心から思いっ切り「主よ」と自分の嘆きをあなたの前に注ぎだすことができますように、助け導いて下さい。そして、他者の為に祈り支えてあげることができますように勇気を与えて下さい。感謝して主イエスキリストの御名によってお祈りします。アーメン






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