2021年11月29日 ディボーション

詩篇第三巻 89篇


「エズラフ人エタン」とは、レビ族出身の知恵者である。彼は、ダビデの時代に存在した人物であり、契約の箱を携えてのエルサレム帰還時にもいた人である。89篇はその彼によって書かれたものである。

 彼はまず、1節から4節で神がダビデと結ばれた契約について賛美している。そして、5節から18節で神のご性質とその力を称え、19節から37節で神がダビデとその子孫に約束した契約がいかに真実であるかを、神ご自身のことばを用いて伝えている。そして、38節から45節でエタンは、ダビデ王の敗北について嘆き、46節から52節で、ダビデ王と結んだ契約を思い出してくださいと神に訴えた。

 しかし、53節でエタンは、「主は とこしえにほむべきかな。アーメン アーメン。」と神への賛美で締めくくる。エタンは民衆に、状況がいかに困難で苦しくとも、神はほめたたえられるべきお方であること、偉大なる神のみ力に信頼を置くことを呼びかけている。


 この歌は、バビロン捕囚の時に書かれたという。神が約束された永遠の王国どころか、イスラエルの民は国を追われてしまった。そのような状況は民にとって思いもかけない事であっただろう。

 現在の私たちも、コロナウイルス によって生活は一変してしまった。思いもかけない事態となってしまった。マスク無しではどこにもいけなくなったし、ワクチン接種カード、もしくは検査の陰性証明がなければ、レストランや映画館にも行けない。アメリカ国内の旅行はできるが、家族がいる日本へはいつ帰れるのか、分からない。コロナワクチンの普及によって、感染者は減少し、ハワイも海外からの旅行客を受け入れるようになった。日本も感染者が激変し、規制は緩和されたが、観光客を受け入れるにはまだ至っていない。まだまだ喜べる状態ではないが、状況は確実に良くなって来ていた。        

 なのに、ここに来て更なる新種のコロナウイルス が発見された。南アフリカで見つかったオミクロン株はデルタ株よりも感染性が高く、ワクチン効果があるのかどうか分からないという。今朝の新聞記事にはオンタリオ州でオミクロン株による感染患者が見つかった。これでまた振り出しに戻ってしまった。出口の見えないトンネルをまだこれからも歩き続けなければない。

 嘆く私に、詩篇89篇の作者は、「万軍の神 主よ。だれがあなたのように力があるでしょう。あなたの真実はあなたを取り囲んでいます。あなたは海の高まりを治めておられます。波が逆巻くとき あなたはそれを鎮められます。」(8−9)と語ってくれる。そうだ。私が信じる神は、天地を創造され、全てを支配するお方である。神にとって思いがけない状況などない。神は、生きて働いておられる。神への信頼は、嘆きを喜びと感謝に変えてくれる。

 この福音を、今だからこそ、たくさんの方に伝えなければいけないと思う。神は真実なお方、必ず、この私をも用いてくださり、福音を待つ人たちのもとへと送ってくださるに違いないと期待している。


 祈り:私は、イエス様が私の罪をあがなうために人となられた神の子であることを信じます。どうか、一人でも多くの方にこの福音を宣べ伝えることができますように。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。



閲覧数:25回

最新記事

すべて表示

マルコの福音書 7章 『外から入って、人を汚すことのできるものは何もありません。』 6章から8章にかけて、イエスさまの有名なパンの御わざが2回出てくる。1回目は男だけで5000人もの人にパンと魚を分け与え、2回目は4000人の人をパンと小魚で満腹にしたという物語だ。聖餐式の原型なのだろうか、神さまの惜しみない恵みを目の当たりにして、にわかに信じられず、右往左往しながらフリーズしてしまう弟子たち。さ

詩篇第五巻 150篇 『十字架は賛美の力の源泉』 とうとうグランド・フィナーレである。角笛と琴と竪琴と、タンバリンとシンバルのあらゆる楽器のフルオーケストラで、ハレル・ヤハ=神をほめたたえよ、と高らかな賛美をいざなう。 大げさな表現は微塵もないのに、ことばの一字一句が気高く揺るぎない。それは神さまが絶対だから。聖書のみことばには霊的な力があることを、ビシビシ教えてくれる詩篇だ。 「御力の大空で 神

詩篇第五巻 149篇 私の夫の両親は、娘と息子たちが幼い頃に描いたパパとママの似顔絵や、想い出の写真の数々を額装し、部屋中に飾っていた。 夫が6歳の時に初めて作った小さな折り鶴は、リビングルームのガラス戸棚の中にちゃんと居場所を与えられ、誇らしげに微笑み、喜んでいるように見えた。 色褪せたそれら一つ一つを見つめる両親の目は、とても優しかった。 その中に、私たち夫婦の写真が加わったのを見た時、胸が熱