2021年11月27日 ディボーション

詩篇第三巻 87篇


『神さまのダイバーシティ計画』


 シオンの山々が連なるイスラエル共和国の内陸寄り、標高800mほどの丘に首都エルサレムはある。エルサレムのことを詩人は「主の礎」、「シオンの門」、「神の都」と敬称して賛美する。

 4節「わたしはラハブとバビロンを わたしの知る者として記憶しよう。見よ ペリシテとツロ クシュとともに。『この者は この都で生まれた』と。」

 イスラエルに敵対していたラハブ(エジプト)やバビロニア、ペリシテ人、通商の港ツロ、クシュ(エチオピア)などを「わたしの知る者として記憶しよう。」、神さまは受け入れてくださるのか?

 5節「しかし シオンについては こう言われている。「この者もあの者も この都で生まれた。いと高き方ご自身が シオンを堅く建てられる」と。」

 イスラエルの民を慈しむ神さま。そしていと高き方、イエスさまの再臨を預言する。

 6節「主が「この者は この都で生まれた」と記して 国々の民を登録される。」

 ユダヤ人も異邦人も、異邦人の私も神さまの国民として登録してくださる。私はクリスチャンとして、神の家族としてシオンで生まれ変わった、ということだ。


 神さまがアブラハムに礼拝する場所を定めよと告げられた、紀元前2000年頃。ダビデに契約の箱を運ばせ、ソロモンに神殿を建てさせたシオン、エルサレム。4000年以上、悠久の時を経て今なお続く、神さまの御技。

 もしかして、この87篇はたった7節の短さながら、壮大な「神さまのダイバーシティ計画」の一端なのではないだろうか!?

 聖書はあらゆる多様性を認めてくれる。性差も障がいも年齢も貧富も、あらゆる属性をやすやすと取り去ってしまう。

 現代のエルサレムが、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の異教徒たちで動的平衡を保っているのすら想定内、と見越しているような、詩篇87のダイバーシティ計画。

 神さまはあらゆる多様性を包容し、私の想像力をはるかに超える、奇跡としか見えない偉業を着々と実行されている。そのスケール、深さ、長さ。

 愛ゆえに、愛だけで。


 7節「私の泉はみな あなたにあります。」

 この「私」は、私であるとともに、地球上のすべての人々のルーツを指すと思う。創世記の時代から数千年、過去・現在・未来、世界中の人たち。億や兆の単位を超える、無量大数のすべての人たち。それを神さまは覚え、愛してくださっている!

 

 コロナが分断を加速させる中、神さまのダイバーシティ計画はどんなシナリオで進むのだろうか。

 私にできることは、世界情勢を論じる前に、神さまにゆだねること。自分の身の周りで小さな分断を起こさないようにすること。愛をもって集ったり連なったり、交わっていきたい。

 神さま、愛から発する言動かどうか、私の行いを整えてください。あなたの道を教えてください。私はその道を喜びます。

 イエスさまの御名で祈ります。アーメン

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