2021年10月25日 ディボーション

詩篇第二巻 54篇


 ダビデは、サウルを恐れて、ジフの荒野にあるホレシュに身を隠した。そのことを知ったジフの人たちは、サウルのもとへそのことを知らせに上って行った。サウルはすぐさま、ジフに向かうが、それを知ったダビデはジフを出ると、マオンの荒野に隠れた。このことを知ったサウルは、すぐさまマオンの荒野へとダビデを追った。ダビデたちは山の一方の側を進み、サウルたちは山のもう一方の側を進んだ。両者が出くわすのは時間の問題であった。しかし、サウルたちが、ダビデたちを捕らえようと迫ったとき、一人の使者によって、ペリシテ人がイスラエルを襲いに来ているという報告を聞いたサウルは、ダビデを追うのをやめて、引き返すこととなる。このことから、この場所は「仕切りの岩山」と呼ばれた。(1サムエル23章)


 1サムエル23章は、詩篇54篇の状況である。そのような状況の中で、救いの祈りを捧げるダビデだが(1〜3節)、彼の堅い信仰は、感謝の祈りとなり(4〜6節)、そして平安へと導かれていく(7節)。

 ダビデがこの祈りを捧げたとき、彼はジフを出て、マオンの荒野へ逃れるときであろう。ジフからマオンは2時間の距離である。つまり、追っ手はすぐそこに来ている状態、出くわすのは確実である。そのような緊迫した状況の中、ダビデはこの祈りを捧げた。しかし彼は、主の守りを確信していた。「神がすべての苦難から私を救い出し、私の目が敵を平然と眺めるようになったからです。」(7節)。ダビデの信仰の素晴らしさはここにあると言える。


 クリスチャンであるなら、このような祈りを、少なからずも一度はしたことがあるのではないだろうか。「もうだめだ」と窮地に追い込まれても、まず祈る。すると、どこからともなく、助けが来る。自らが望んだ結果が与えられることもあるが、そうでないときもある。いずれの結果であれ、神の最善が自身の身に起こるという不思議である。神の子とされた特権が何であるかを体験する瞬間でもある。

 ただし、ダビデの祈りを見習うなら、「助けてください」と祈るだけでは不十分なのがわかる。何から助けて欲しいのかを祈ることは大切である。しかし、神は必ず助けてくださるお方であると信じるなら、信頼の祈りも必要である。そして、神がそのようなお方であると確信したなら、そのことへの感謝の祈りも必要である。ダビデのような前向きの祈りをしていこう。「神は私を助ける方。主は私のいのちを支える方。」(4節)である。


祈り:

父なる神よ、あなたの御名を賛美します。あなたへの祈りが賛美となりますように。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。


参考資料:https://books.google.com/books?id=ybvGyxy24VYC&pg=PA232&lpg=PA232&dq=from+ziph+to+maon+how+many+hours&source=bl&ots=qXQpl9mgNP&sig=ACfU3U1kC1HWkNNwUnG4FnPq8iHvvaHgew&hl=en&sa=X&ved=2ahUKEwic3YDrruTzAhUgDzQIHb8rA0sQ6AF6BAgREAM#v=onepage&q=from%20ziph%20to%20maon%20how%20many%20hours&f=false


閲覧数:29回

最新記事

すべて表示

マルコの福音書 7章 『外から入って、人を汚すことのできるものは何もありません。』 6章から8章にかけて、イエスさまの有名なパンの御わざが2回出てくる。1回目は男だけで5000人もの人にパンと魚を分け与え、2回目は4000人の人をパンと小魚で満腹にしたという物語だ。聖餐式の原型なのだろうか、神さまの惜しみない恵みを目の当たりにして、にわかに信じられず、右往左往しながらフリーズしてしまう弟子たち。さ

詩篇第五巻 150篇 『十字架は賛美の力の源泉』 とうとうグランド・フィナーレである。角笛と琴と竪琴と、タンバリンとシンバルのあらゆる楽器のフルオーケストラで、ハレル・ヤハ=神をほめたたえよ、と高らかな賛美をいざなう。 大げさな表現は微塵もないのに、ことばの一字一句が気高く揺るぎない。それは神さまが絶対だから。聖書のみことばには霊的な力があることを、ビシビシ教えてくれる詩篇だ。 「御力の大空で 神

詩篇第五巻 149篇 私の夫の両親は、娘と息子たちが幼い頃に描いたパパとママの似顔絵や、想い出の写真の数々を額装し、部屋中に飾っていた。 夫が6歳の時に初めて作った小さな折り鶴は、リビングルームのガラス戸棚の中にちゃんと居場所を与えられ、誇らしげに微笑み、喜んでいるように見えた。 色褪せたそれら一つ一つを見つめる両親の目は、とても優しかった。 その中に、私たち夫婦の写真が加わったのを見た時、胸が熱