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2021年1月18日 ディボーション

旧約聖書 列王記第二 5章

『思い込みからの解放』


●御言葉

 エリシャは、彼に使者を遣わして言った。「ヨルダン川へ行って七回あなたの身を洗いなさい。そうすれば、あなたのからだは元どおりになって、きよくなります」10節


●学んだこと

 人智を超えることをなさる、全能の父なる神様がおられる事を忘れることがある。アラム王の軍の長ナアマンは自分のツァラトが川で体を洗うことで治るとエリシャに示されて激怒した。もちろん、敵国の軍人なので、主の力の偉大さには気がついていない。「こいつ、俺をばかにしているのか」と思ったに違いない。それまでも治療の為にいろいろ試したのだと思う。しかし、それは人間のはかりごと。神様の力には及ばない。

 イスラエルの神の力を知らない民にとっては信じ難いことであったのだと思う。イエス様を信じて洗礼を受けた私でさえも、神様がこれから私に良い事をしてくださる事は分かっていても、人間の肉の心が急げ急げとせき立てるような時がある。しかし、神様の時、神様の御技によって必ず良いことを私たちにもたらしてくださる。敵のアラム人にさえ、主の恵みは与えられる。だから、私たち、父の子供となった者が主の恵みを受けないわけがない。ただ私たちが神様の御計画を待てるか否かだと思う。

 私達の勝手な思い込みで病を作り出してしまうことがある。心の病気がその一つ。肉の思いが勝手に大きな不安を作り、心を騒がせる。私も昔はよく不安になった。しかしそんな時ほど主に聞き従い、必要を訴えたい。

 肉の思い込みからの解放は心に自由な空間と余裕を与える。なぜなら主の愛で満たされるから。肉の世界で経験したことによらず、私は主がどんな事を私の人生に計画しているのか、これからも楽しく待とうと思う。きっと、ナアマンのように苦難の日々の後には、「え、こんな事で良くなるの・・・」と言うような神様のご計画が待っているのだから。

●祈り

 天の父なる神様。今日も貴方の御言葉をありがとうございます。貴方の御言葉で始まる1日はとても清々しい気持ちになれます。貴方の愛で満たされています。人の思い込みを捨て、貴方の御技のみを信じて歩んで行きたいです。悩んだ時、必ず神様に聞きます。ですからいつもそばにいてください。主イエスキリスト様のお名前を通して御前にお捧げいたします。アーメン。

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