• HCCnichigo

2021年1月15日ディボーション

列王記第二2章  


『神様の時の中で…』


 気が気ではない。この章で、エリヤは天に上げられてしまうのだ。それは、この地上の生涯を去ることを意味する。

 エリヤもエリシャも、この神の時を知り、どこか落ち着かない。敬愛するエリヤと少しでも長く一緒にいたいエリシャの心が見事なまで描写されている。

 ベテルの預言者たちもエリコの預言者たちも彼に言う。

「今日、主があなたの主人をあなたから取り上げられることを知っていますか。」

 エリシャは答える。

「私も知っていますが、黙っていてください。」


 気が気ではない。


 一方のエリヤもその日を知って、何度も移動を繰り返しては、その都度、エリシャに言う。

「ここにとどまっていなさい。」

 たくさんの思いが詰まって発せられた、意味深いことばだ。


 しかし、どうしてもエリヤから離れることのできないエリシャとの二人の間を、ついに火の戦車と火の馬がエリヤを迎えるようにして現れる。そして、エリヤは竜巻に乗って天に凱旋していったのだ。


 偉大な神の人エリヤが目の前からいなくなり、一人になってしまったエリシャ。しかし彼はその後、エリヤの約束通り、エリヤの神が、私の神として生きておられることを知り、「エリヤの後継者」という召命を歩み出す。


天のお父様、

あなたは、とこしえに私の神です。神の時は、私には分かりません。ですから、気が気ではない気持ちが、私にも分かります。

しかし、主よ、あなたは私の思いを超えて、計画と召命を与えてくださるお方であることを、今日教えてくださり、感謝します。

とこしえからとこしえまで、あなたのうちを歩ませてください。アーメン。

23回の閲覧

最新記事

すべて表示

2021年2月7日ディボーション

Ⅱ列王記25章 とうとう列王記の最終章まで来た。18章では北イスラエル王国の滅亡が記されていたが、南ユダ王国は、その136年後、BC586年に神殿が完全に破壊され、民はバビロン帝国の捕囚となって引かれていくことになった。 目の前で北王国が滅亡したのを見ながら、136年の猶予期間がありながらも南王国は悔い改めることがなかった。 この歴史が、聖書の中に記されていることの意味は何だろうか? 何のために、

2021年2月6日ディボーション

Ⅱ列王記24章 『祝福のための捕囚』 ●学んだこと: 世界史の教科書に必ず載っている”バビロン捕囚”の史実の始まりだ。ユダ王国の民がバビロンに囚われていくのは計3回。この24章には紀元前598年に行われた1回目の捕囚のようすが記されている。 捕虜となったのはユダの王エホヤキン。ともに捕囚されたのは母、家来、高官などすべての有力者や職人など一万人に及んだ。ただし貧しい民衆は連行の対象にならなかった(

2021年2月5日ディボーション

列王記第二23章 『みことばの力』 律法の書(契約の書)が主の宮で発見された。主の目にかなった王、ヨシヤ王はここにあるみことばに突き動かされて、改革を始めていく。 ここから先は、読んでいて実に気持ちが良い。それまでの黒歴史に刻まれた偶像の数々、主の目に悪と見えるものが次々と一掃されていく様が記されている。 王と民の前で朗読された契約の書のことばによって、神の契約は再びヨシヤ王の治世に呼び覚まされた

​【お問合せ先】

お問合せメール:

  ⇒「こちら」をクリックして下さい。

住所: 2207 Oahu Avenue, Honolulu, HI 96822  U.S.A.

 

電話:808-973-4335

© 2020 by Honolulu Christian Church Nichigobu . Proudly created with Wix.com