2021年7月19日 ディボーション

ヨブ記26章


『神は知っている』


 前章で、神は偉大だと言いながら、その神が創造された人間をうじ虫、虫けらだと言い放ったビルダデをヨブは厳しく非難している(1〜4節)。

特に4節でヨブは、「だれに対してことばを告げたのか。だれの息があなたから出たのか。」と咎めた。私はこの聖句を読んだ時、ヤコブ3:9の聖句「私たちは、舌で、主であり父である方をほめたたえ、同じ舌で、神の似姿に造られた人間を呪います。」をより痛烈に感じた。人は、神によっていのちの息を吹き込まれ、生きる者となったのである。ビルダデは、このヨブの叱責で、我に帰ったのではないだろうか。

 5節からヨブは、神の偉大さについて語り始める。天と地をお造りになった神は、すべてを治める神である。この神は全知全能、その叱責は天の柱が揺らぐほど。そしてその御力は海を鎮め、英知は混沌をもたらす獣ラハブをも打ち砕く。その息によって天は晴れわたり、御手は逃げる蛇を刺し殺す。しかしヨブは、これらすべては「神のみわざの外側にすぎない」と言う。私たちは神について「ささやき」しか聞いていない。ならば「御力を示す雷を、だれが理解できるだろうか。」

 ヨブの強い信仰に、私は憧れを感じる。富を失い、家族を失い、最後には健康を失ってもなお、彼の信仰は失われず、それどころか、章を重ねる毎に強くなっている。ヨブは今を生きる私に、神がすべてをご存知だということほど、力強い支えはないのだ、と語ってくれる。

 恵みの時代に生きる私には、イエス様が与えられた。永遠に、共にいてくださる神の御子が与えられた。なのに、私は小さなことで悩み、不満を口にしてしまう。ヨブは、神に思いのたけを伝えている。それは、すべてを知っておられる神は、ヨブの悩みや不満を聞いたからといって、態度を変えるお方ではないことを知っていたからである。私も、不安なことや不満に思うことを、包み隠さず神に伝えることで、ヨブのように、神と近しい関係を作っていきたいと思う。


主よ、あなたは私を探り、知っておられます。あなたは、私の座るのも立つのも知っておられ、遠くから私の思いを読み取られます。あなたは私が歩くのも伏すのも見守り、私の道のすべてを知り抜いておられます。ことばが私の舌にのぼる前に、なんと主よ、あなたはそのすべてを知っておられます。」(詩篇139:1〜4)


祈り:

 神さま、私のような者も、あなたに知られていることを心から感謝いたします。あなたが私を知っていてくださることで、私の日々は平安に包まれます。この平安を、苦しみの朝を迎えている人に届けることができますように。不安を抱える人に届けることができますように。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。


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