• HCCnichigo

2020月10月19日ディボーション

サムエル記第一 8章

「サムエル、リタイアを民に仄めかされて心が騒ぐ」

 長年、師士(裁きつかさ)と呼ばれる神に選ばれし人々によって導かれていたイスラエルの 民が 『他のすべての国民のように、私たちをさばく王を立てて下さい。』(5節)とサムエ ルに発言した。 「そのことばはサムエルには悪きことであった」(6節)または「サムエルを不愉快にさせ た」と言う訳もある。そんなサムエルに「民があなたに言う事は何であれそれを聞き入れよ。 なぜなら彼らは、あなたを拒んだのではなく、私が王として彼らを治めることを拒んだのだか ら」(7節)この神様の発言に偉大なる神のサムエルに対する愛を感じる。神様はサムエルを 励ましたのだ。

 人は何か同じことを続けることによって達人へと成長してく。多くの事を学び、リーダーへ と弟子と共に成長していく。しかしサムエルが弟子や自分より遥かに若い民に意見されるのは 予想もしない事であったに違いない。しかし人には必ず何かからリタイアする時が来るのだ。 サムエルも薄々感じてはいたかもしれない。しかし目の当たりにすると心が騒ぐと思う。だか ら民の言葉に違和感を感じたのだと思う。 主はそんな勝手な民も、サムエルも愛された。特に生まれる前から主に愛されていたサムエ ルは、神にとっても格別の存在であったのであろう。この箇所から、神様は神に聞き従うもの を見捨てる事なく、心を強め、主の弟子と言う存在からはリタイアすることが無いと語ってく れているような気がした。

☆祈り。

 天の父なる神様。全能の父なる神様。貴方がいてくださることに感謝いたします。 今日もあなたの御言葉から学ぶ事ができました。たくさんの気づきをありがとうございます。 世の中は心騒ぐことに溢れています。民がサムエルを見捨てても貴方が彼を励ましたように、 どうぞ私が心弱っている時は貴方が励ましてください。これからも貴方の御心が分かるよう に、心騒ぐ事なく歩んでいけるよう導いてください。アーメン。

10回の閲覧

最新記事

すべて表示

2020年11月11日ディボーション

サムエル記 第一   31章 神から見放されたサウル王の最期 語られたこと: サウル王は最期の最期まで自分のプライドをすてきれずに、死ぬ間際までそれを通しぬいた。敵に打たれるよりは、味方の手にかかって死んだほうがましだと、道具持ちに自分を打ってほしいと懇願するが、それもできなくて最期は自分で剣をとりその上に倒れ込んだ。 サウルの心は完全に神から離れてしまっていた。 かっては、神から油注がれたサウル

2020年11月10日ディボーション

旧約聖書:1サムエル記30章 「神が共におられるとは」 サウル王のユダヤ人とペリシテ人最後の戦いが迫っていた。その時ダビデ一族はペリシテ人のアキシュの地を本拠地(ツィケラグの町)として暮らしていた。 ダビデはお世話になったアキシュからの願いでサウル王と戦う事になったが、他のペリシテ人の首長はそれを許さなかった。 それでダビデ達は自分たちの住んでいたツィケラグの町に帰ったら、驚くような事件が起きてい

2020年11月9日ディボーション

旧約聖書 サムエル記第一 29章 「ペリシテ人に信用されないダビデと神の御心。」 「あなたが私のところに来てから今日まで、あなたには何の悪いところも見つけなかったからだ。しかしあの領主たちは、あなたを良いと思っていない。」6節 ●学んだ事 以前は敵として戦っていたダビデを一年4ヶ月の間、僕として見てきたペリシテ人のアキシュ。彼の心はダビデの真っ直ぐな気持ちに動かされ、仲間としてダビデを向かい入れて