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2020月10月18日ディボーション

サムエル記第一 7章 

 民のためにひたすら祈るサムエル。

「サムエルはイスラエルのために主に叫んだ。すると主は彼に答えられた」(9節)

●学んだ事

 主の箱がイスラエルの民のもとに帰ってきて二十年が経とうとしていた。しかしまだ民は完全に主に従うものではなかった。

「もしあなたがたが、心の全てを持って主に立ち返るなら。あなたがたの間から異国の神々やアシュタロテを取り除きなさい。そして心を主に向け、主のみに仕えなさい。そうすれば、主はあなたがたをペリシテ人の手から救い出してくださいます」(3節)

 これによって民は偶像を捨て主に仕えた。

「私はあなたがたのために主に祈ります」(5節)

 サムエルは主に向かって民のためにとりなしの祈りをする。サムエルの祈りは神にとって特別の意味がある。なぜなら彼はナジル人、祭司、神に立てら

れた預言者であり士師であり、祈りの人であった。たとえ彼が大きな反逆の子孫、レビの子、コハテの子、イヅハラの子、コラの子孫であっても主には関係なかった。(民数記16−1)

 主は「サムエル」と言う個を愛された。この箇所から、神様は先祖が行った悪は水に流し、今、神様の目の前にいる敬虔な主を慕う個人を見てくださる事を知る。主の御手として敬虔につとめ、民の為に祈る姿は私たちが目指す姿ではないだろうか。

 サムエルは、ペリシテ人が攻めてきた時に何と言って叫んだのだろうか? 何か困難にある時、肉の思いで行動するのでは無く、私もサムエルのように叫ぶほど心を注いで神に祈れるものでありたい。


●祈り

 天のお父様。今日も清々しい穏やかな朝をありがとうございます。貴方の御言葉を読む時、いつも気付かされます。今朝もサムエルのように、とりなしの祈りをする事、貴方の御心を忠実に守るものを貴方が喜ばれると言う事を気づかされました。どうぞ私の弱い心を強めて下さい。そしてサムエルのように貴方の声に聞き従う人が、この全世界に沢山立てられますよう祈ります。アーメン。

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