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2020年9月5日ディボーション

更新日:2020年10月3日

テサロニケ人への手紙 第二 216~17

「どうか、私たちの主イエス・キリストと、私たちの父なる神、すなわち、私たちを愛し、永遠の慰めとすばらしい望みを恵みによって与えてくださった方ご自身が、あなたがたの心を慰め、強めて、あらゆる良いわざとことばに進ませてくださいますように。」


素晴らしい主、永遠の神ご自身が、私の心を慰めてくださる。この心を強めてくださる。


なんと心強いことだろう…。


しかも、それだけではない。


このお方は、私の行動、言動さえも守り、御旨にかなう働きへと推し進めてくださる。


私は今日「どうか…」と祈るパウロと思いを重ねたい。


「私たちを愛し、永遠の慰めとすばらしい望みを恵みによって与えてくださった方ご自身が」

 これから私にしてくださること、私を通して為してくださるすべてに、信頼と希望を置きたい。


天のお父様、

 今、私はパウロと思いを重ねて祈ります。あなたは私にとって素晴らしいお方、私の神です。わが神、主よ、このパウロの祈りにある通り、あなたご自身が私の心を見張ってくださり、私から出る行いもことばもすべてが、良きものであるように、私を聖め導いてください。

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