• HCCnichigo

2020年9月13日ディボーション

創世記15章より「神と人との間の契約」


 主はアブラムに言われた。「わたしのところに、三歳の雄牛と、三歳の雄やぎ

と、三歳の雄羊と、山鳩と、鳩のひなを持って来なさい」(9節)。

 今日の私たちにとっては、これから何が始まるのかと思わせる光景である。

 アブラムはかつて、「わたしは、あなたの子孫にこの地を与える」という、神からの約束を受けた。しかし、彼の立たされている現状を見る限り、アブラムは神の約束に信頼を置くことに、困難を覚えずにはいられなかったのである。

 それゆえに、アブラムは言った。「神、主よ。わたしがそれを所有することが、何によって分かるでしょうか」(8節)。そんなアブラムに、かつての約束に信頼をおいてもらうため、神はいま、このことをなさろうとしているのである。

 アブラムは、用意した動物を真っ二つに切り裂いた(10節)。これは旧約聖書の物語の舞台である古代中近東の世界において、個人や国家同士で契約を結ぶときに行われていた方法である。

契約を結ぶ二者のうち、立場の強い側の者は「主」と呼ばれ、軍事的な協力と保護を弱い立場の者に約束した。弱い立場の者は「しもべ」と呼ばれ、捧げものと忠誠心を強い立場の者に約束した。そして、弱い立場の者はこの儀式の中で、真っ二つに裂かれた動物の間を通りながら、「もしわたしが契約に忠実を示さなかった場合、この動物のように身を裂かれることを承知します」と誓約をしたのである。

 しかし、この聖書の場面で、実際に真っ二つに切り裂かれた動物の間を通ったのは、誰であったか?聖書にはこう書かれている。「日が沈んで暗くなったとき、見よ、煙の立つかまどと、燃えているたいまつが切り裂かれた物の間を通り過ぎた」(17節)。

切り裂かれた動物の間を通ったのは、普通に考えれば、神より弱い立場にあると考えられるアブラムではなかったのだ。代わりに、切り裂かれた動物の間を通ったのは、「煙の立つかまどと、燃えているたいまつ」という姿で、アブラムの前に現れた神だったのである。神はこのとき、いったいどんなご意志を持って、このことをされたのだろうか。そして、この出来事を見ていたアブラムは、いったいどんな気持ちで、これを見ていたのだろうか。

 神はアブラムと契約を結ばれた。それからのち、旧約聖書の物語の中で神は、アブラムの子孫であるイスラエルの民に対しても、この契約に忠実であり続けられ

た。しかし一方で、イスラエルの民は、幾度となく神に信頼することをせず、契約関係にあるはずの神に対して、不忠実を示し続けた。

 この契約に対する不忠実の償いを払われたのは、誰だったか?イスラエルの民ではない。神の一人子であるイエス・キリストが、人の代わりに十字架におかかりになられて、身を裂かれたのである。神は、このイエス・キリストを救い主であると告白する信仰に生きる者に、罪の赦しと永遠の命を与える「新しい契約」を結ばれるのである。それが、新約聖書の物語である。

 神は人と契約を結ばれた。私たちの「主」となられた神は、罪による滅びと死から責任を持って、「しもべ」である私たちを守ってくださる。神と契約関係に生きる私たちに求められていることは、私たちの主となられた神に、心からの信仰と忠実を表すことである。

主なる神以上に何かに頼ることをせず、この方を心から愛して、この方のために生きる人生を送ることである。もし仮に、このような相互関係が神と人との間に存在せず、ただ一方的に人が願いを伝えているとするならば、この世に蔓延する「ご利益信仰」と変わらなくなってしまう。

 神との契約関係に生きることが、私たちの信仰の歩みであることを、忘れずに生きていきたい。そして、この主なる神との契約関係の中にあって、私たちに約束されている驚くべき祝福と恵みを、体験させていただく人生を送らせていただきたい。


祈り

 天の父なる神さま。私たち一人ひとりが、あなたの大いなる御心の中で、今ある救いに導かれて、今日も生かされていることを感謝します。神さまとの契約の関係の中にある私たちが、また教会の群れが、どんな時も、あなたからの守りと祝福が約束されていることを感謝します。私たちもあなたに信頼し、心からあなたを愛して、歩んでいきたいと願います。私たちの救い主であるイエス・キリストの御名に

よって祈ります。アーメン。

Yuma Nakagawa

14回の閲覧

最新記事

すべて表示

2020年9月30日ディボーション

ルツ記2章を通して語られたこと 士師記の血生臭い所から、平安な気持ちにさせられるルツ記のところにきてほっとしている。ルツ記をデボーションする度に毎回心が洗われるような気持ちになってルツ記を読むことができる。 ナオミは最初は大変落ち込んだことでしょう。主人と二人の息子達を失った時に、[主は自分を卑しくして、全能者が自分を辛い目にあわせられた]と思っていた。でも、神様によってルツの優しさ、思いやりを知

2020年9月29日ディボーション

旧約聖書:ルツ記2章 「神とボアズさんとの出会い」 士師記の時代に起こった話です。 ベツレヘムに住んでいたナオミさん家族は飢きんのためにモアブ(今のヨルダン)の野に移り住んだというのです。 そこで新しい生活を始めましたが、息子二人は死に嫁が残りました。 その中で残った母ナオミさんと、嫁のルツさんはユダに戻り新しい生活を始めました。 その当時のイスラエルは、男性中心で女手だけで暮らすのは非常に困難な

2020年9月28日ディボーション

ルツ紀 1章 「神の目に正しいこととは何か?」 学んだ事 ルツ紀は4章しかない短い記録です。時代はちょうど士師記の前般の時代。飢きんがあったのでエリメレクは神様から与えられた約束の地を捨て、妻のナオミと二人の息子マロンとキリオンを連れてモアブの野に寄留者として住んだ。 エリメレクはその地で亡くなった。息子二人はモアブ人の女から妻をめとった。その名はオルパとルツ。しかし、その息子たちも結婚生活10年

​【お問合せ先】

お問合せメール:

  ⇒「こちら」をクリックして下さい。

住所: 2207 Oahu Avenue, Honolulu, HI 96822  U.S.A.

 

電話:808-973-4335

© 2020 by Honolulu Christian Church Nichigobu . Proudly created with Wix.com