士師記6章11~ ギデオンのように
イスラエルがミディアン人の手に渡され、嘆きと失意の中にあった時、主はギデオンを士師(イスラエルの指導者)として召し出された。 その場面は「神の召し」とは、どういうことなのか、実に教えられる。
主の使いは、ギデオンに現れ、このように語りかける。 12節「力ある勇士よ、主があなたとともにおられる。」
一方で、ギデオンのことばから感じとるのは、イスラエルの現実に落胆を隠せない彼の姿であ る。 13節「ああ、主よ。もし主が私たちとともにおられるのなら、なぜこれらすべてのことが、私たち に起こったのですか。...」
そのような心と思いの中にあるギデオンを、主はイスラエルの救いのために召し出された。
ギデオンは、正直自信もない。 15節「ああ、主よ。どうすれば私はイスラエルを救えるでしょうか。 ご存じのように、私の氏族は マナセの中で最も弱く、そして私は父の家で一番若いのです。」
しかし、主は彼を召し出し、動かされるのだ。 何度も出てくることばがある。 「主がともにおられる。」
そして今朝、私が特に響いた主の御声、それは14節の主のことばだ。 「わたしがあなたを遣わすのではないか。」
主が私を遣わしてくださる。
主が私とともにおられる。
主が私を召し出してくださる。
ギデオンのように、たとえ自分に自信がなくても、召してくださる主の御声に耳を傾け、主の召 しを忠実に全うする生涯を歩ませていただきたい。
応答
天のお父様、
あなたのみことばを感謝いたします。主よ、あなたは私が私を知っている以上に、私のことを知っ ておられ、あなたのご計画のために、今日も「私を遣わしてくださるお方」であることを感謝しま す。
ギデオンとともにおられた主よ、あなたが今日も私とともにおられることを感謝します。あなたの 栄光のために、あなたの御声を聞く信仰と、その御声に従う信仰を私にお与えください。
あなたがその御声をもって、私を動かしてくださることを感謝します。遣わしてください。アーメ ン。
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