ヨシュア記 2章 11節
異邦人ラハブの心すら溶けた
語られたこと。
ヨシュアがイスラエルの民を連れてエリコに入る前、二人の使者を偵察に送り出しました。
そんな時にその二人がお世話になったのが異邦人、そして遊女のラハブでした。
本来ならば神様に滅ばされるにふさわしいカナン人だった。
しかし彼女の行っていた罪の生活で固まっていた心が、イスラエルの民の神の噂を聞くことによって溶かされた。どのように彼女が神様の教えを伝え聞いたのかは分からない。今のようにインターネットがない時代です。旅人の話す言葉や、風の噂、などなど彼女の町エリコに来た人々から聞いたのであろう。人の噂は信憑性に欠けることもある。しかし彼女はイスラエルの神を信じた。実際にモーセを見た訳でも、奇跡を見た訳でも無い。それでも主の行った様々な奇跡を信じられる心が彼女にあったのであろう。
遊女と言っても生活するために遊女になったのかもしれない。生きるためなら人はなんでもする。しかし彼女はとどまって、これで良いのか?と神に問われたのであろう。それは神様が最初に彼女を見つけて心を捉えたからであろう。そうでなければ、エリコの王、ラハブのようにヨシュアの使者を捕まえようとしていたに違いない。
私も先祖代々続く仏教系の家庭に生まれたが、今こうやって神様に繋がっていられるのはラハブのように神様が見つけてくれたのであろう。人生の全般で神様に捕らえられたことは私にとって喜びだとこの章を読むことによって気づかされました。
祈り。
天の父なる神様。あなたはきっと私が生まれた時から、いや生まれる前から私の事をご存知でした。そして、自分の足で教会にたどり着く事を25年待っていてくださったのですね。心から感謝いたします。どうぞ、こんな私をラハブのように主の御用の為にお使いください。アーメン
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