top of page
  • hccnichigo

2020年7月13日ディボーション

更新日:2020年10月12日

申命記19章

あらゆる罪に対する規定


21節 「哀れみをかけてはならない。いのちにはいのちを、目には目を、歯には歯を、手に

は手を。足には、足を」



語られた事。

数年前に「半沢直樹」と言うドラマがあった。その新シリーズがまた来週から始まるらしい。

「やられたらやり返す。倍返しだ!この借りは必ず返します」と言う決め台詞が有名である。

真面目にコツコツ働いていた主人公が調子の良い上司らに裏切られ、騙され酷い目に合うが最後には真面目な主人公が勝つようなお話です。だから池井戸さんの本は面白く人気があるのでしょう。実際の世の中はそうならない。それでは私たちはどう生きれば良いのか?

もし、今も旧約聖書を重んじる時代だったらどうなっていたことか?私も交通事故で車にはねられた事があるから、相手を車で跳ねなければいけないのだろうか?そんな事をやっていたら救急車が何台あっても足りない世の中になってしまう。私はイエス様が生まれた後の世代で良かったとつくづく思う。

イエス様はこう語られた。

ルカの福音書 17章 3節。「あなた方は自分自身に気をつけなさい。兄弟が罪を犯したな

ら、戒めなさい。そして悔い改めるなら、赦しなさい。」

また、同じくルカの福音書 23章 34節では十字架に付けられた時でさえ「父よ、彼らを

お赦しください。彼らは、自分が何をしているのかがわかってないのです。」とおっしゃっ

た。

主の祈りにもある。「我らに罪を犯すものを我らが赦す如く、我らの罪をも赦したまえ。」

全て主はご存知なのだから、何か酷い事をされても仕返しは神様にお任せして、私たちは相手の為に祈れる存在に成長しなければならないと思いました。



祈り。

コロナウイルスのおかげで、新たなスタンダードが生まれようとしている。文化、宗教、育った環境によって世の捉え方は色々であろう。そんな時に寛容に周囲と交わる事ができるような人間に育ちたいです。どうぞ神様、あなたの教えを忘れぬよう私の心をいつも導いて下さい。

閲覧数:14回

最新記事

すべて表示

2024年1月19日 申命記34章

『約束の地を見て』 神様が言われたことが成就するように、モーセは、約束の地を遠く丘の上から眺めることが出来ましたが、その地に到着することは出来ませんでした。 主は、「わたしがアブラハム、イサク、ヤコブに『あなたの子孫に与える』と誓った地はこれである。わたしはこれをあなたの目に見せたが、あなたがそこへ渡って行くことはできない。」(4節)と言われた通りです。 「こうしてその場所で、主のしもべモーセは主

2024年1月18日 申命記33章

申命記33章は神の人モーセが、その死を前にイスラエルの子ら(十二部族)を祝福したことばが記されている。 先日の関牧師のメッセージで語られたなかの一部の問いかけで「永遠の命があるという前提で終活をしているかどうか。」を思った時に、このモーセの終活が示された。彼は、主に逆らっていた民が自分の死後も主から離れることを知っていたのである。それでモーセは、主のみおしえを書いたものを祭司や長老たちに託したので

2024年1月17日 申命記32章

いよいよモーセの最後の説教も終わりを迎えようとしている。32章にはモーセの歌が記され、33章には祝福のことばが記されている。 このモーセの歌の中でも、10節のみことばが心にとまる。 「主は荒野の地で、荒涼として荒れ地で彼を見つけ、これを抱き、世話をし、ご自分の瞳のように守られた。」 「瞳のように」、神にとってこの民は、どれだけ大切な存在なのかということを表現している。大切だからこそ、この民が神を捨

Comments


bottom of page