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2020年12月18日ディボーション

ヘブル人への手紙9章  大祭司としてのイエス様


 キリストは、それまで地上に存在していた幕屋ではなく、この世のものではない、もっと偉大な、もっと完全な幕屋を大祭司として通り、ご自身の十字架による永遠の贖いを成し遂げられた。(11~12節)


 ヘブル書の著者は、鮮やかなまでに主イエス・キリストを説き明かす。難解ではあるが、旧約とのつながりを知ると、神のご計画の深さに圧倒される。

 この度、ヘブル書を通読していてよく思い巡らすのは、大祭司としてのイエス様だ。


 前例にないこの大祭司は、動物も携えず、その身一つで聖所に入って行かれた。そして、天の御国をこの地に解き放ったお方だ。


 14節のみことばが響いている。

 主イエス様の血潮は、罪の赦しだけにとどまらない。私たちの行いを変える。神に仕える真の礼拝者へと造り変える。


大祭司なる主よ、

あなたの血潮を受け取ります。あなたの十字架による贖いを感謝します。

私をもきよめて、あなたに仕える礼拝者へと成さしめてください。


このクリスマスシーズン、28節のみことばを覚えます。

あなたは一度、私の罪を負うために、この地上に来てくださいました。

そして今、私は待ち望みます。あなたの救いの日、二度目の現れを。アーメン。

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