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2020年11月27日ディボーション

人生の海の嵐    

サムエル記第二12章

 バテ・シェバが誰よりも苦しかったと思う。ダビデ王に一方的に呼ばれたことによって、すべては始まった。夫ウリヤがいるにも関わらず、ダビデ王との間に子を身篭った。

 ウリヤは誠実な人だったと私は思う。そのような人を、ダビデ王は罪に罪を重ねて、その権力ゆえに戦死までさせてしまう。ウリヤの妻バテ・シェバは、夫の訃報に「悼み悲しんだ」(11:26)、と聖書に残されている。

 バテ・シェバの試練は、それだけでは終わらない。ダビデ王との間に授かった子は、生まれてすぐに病気になって召されてしまう。

 ダビデ王ばかりがピックアップされているが、私にはバテ・シェバの悲しみ、苦しみが痛切に伝わってくる。

 そのような突然の人生の海の嵐に呑みこまれたバテ・シェバ。神の憐みにすがるダビデ王は、どのような思いで妻に迎え入れたバテ・シェバを慰めたのだろうか。(24節)

 しかし、確かに神様の憐みは尽きず、バテ・シェバは男の子を産む。その名は、ソロモン。彼は、その名前の意味通り、主に愛されて育った。

 神様、人生は色々なことが起こります。予期せぬことも起こります。どんなに悲しみのどん底に突き落とされても、どんなに罪の重さに苦しんでも、あなたはいつも慰め、憐んでくださるお方です。あなたを畏れ、あなたを仰ぎ、これからも歩んでいきます。アーメン。


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