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2020年11月11日ディボーション

サムエル記 第一   31章


神から見放されたサウル王の最期

 

語られたこと:

 サウル王は最期の最期まで自分のプライドをすてきれずに、死ぬ間際までそれを通しぬいた。敵に打たれるよりは、味方の手にかかって死んだほうがましだと、道具持ちに自分を打ってほしいと懇願するが、それもできなくて最期は自分で剣をとりその上に倒れ込んだ。

サウルの心は完全に神から離れてしまっていた。

 かっては、神から油注がれたサウル王のこの結末にたどり着いて、なんともいえない虚しさを思わずにはおれない。神御身もサウルのこの最期を嘆き悲しんだことだと思う。

 神は、最後まで忍耐をもってサウルの悔い改めを待ち望んでおられたのではなかっただろうか。なぜなら、神は愛のお方だから。神は来るものは決して拒まない方だから。神は、私達が悪いことをしても、大胆に悔い改めて神に近づくことを待っておられると思う。私達も忍耐を尽くして神に近づきたいものでありたい。


祈り

 天のお父様、今日のみことばを語って下さって心から感謝します。

サウル王のように私も何度も失敗を繰り返す弱い者です。でも、私達はイエスキリストの十字架により罪が赦され、祈り、悔い改めていける特権があることを感謝します。何度も失敗しますが、それでも立ち上がりあなたから離れていかないように、この弱い者を導いて下さい。感謝して主イエスキリストの御名によって祈ります。アーメン

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