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2020年10月5日ディボーション

テモテへの手紙 第一 4章 4

「神が造られたものはすべて良いもので、感謝して受けるとき、捨てるべきものは何もありません。」

学んだ事

 「作る」ではなくて「造る」。改めてどう言う意味の違いがあるのか調べてみた。「作る」は一般的にどんな物にも当てはまる言葉。しかし「造る」は新しい物事をつくり出す、と言う意味がある。この造るは天地創造の造るから来ている。それでは造られたものとは何を指すのか。

 それは人だと思う。アダムが造られ、その後にエバが造られた。創世記2章18節「人がひとりでいるのは良くない。わたしは人のために、ふさわしい助け手を造ろう」と神様はおしゃっている。このエバがいなければ、アダムはエデンの園を追われることはなかったかもしれない。しかし一人で彼は人としての成長はなかったであろう。エバが起こした間違いも含めて、アダムにとっては良いものだっだのである。

 私達も自分以外の人、家族、友人を通して自分の心を見せられる。岩のように硬い心にも

イエス様は愛の根を下ろし、それぞれの問題を時間をかけて解決してくださる。そうやって私たちの霊は磨かれ、鍛錬されるのであろう。頑ななわたしの心をも諦める事なく、愛を注いで下さる父なる神とイエス様の愛はとても深い。それに気がついた時、自分が嫌な思いをして学んだ事も、お二人から私への霊の成長のために必要なプレゼントだったのだと気づいた。

祈り

 天の父なる神様、そして御子イエス様。今日も私の心の岩に愛の根をはり、私に語りかけてくださった事を感謝いたします。これからもあなたから受けるプレゼントをすべて感謝して受け取れるような強い心にしてください。私は弱い者です。ですから、今日も私と共にいて、私の心を強めてください。あなたのすべての御業を感謝して、主イエスキリストの御名を持ってみ前にお捧げいたします。アーメン。

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