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2020年10月4日ディボーション

第一テモテ 3章 「良い土台とは何か?」


学んだこと

 この手紙が書かれた時代、AD.65年頃、教会の組織化、制度化が進んできた。しかし決まりを守るだけが教会と言う組織のあり方では無い。9章にあるように信徒それぞれが信仰の奥義を保っていなければならないとパウロは説いている。それでは奥義とは何か?

 それは毎日イエス、そして父なる主に御言葉を通して繋がり、生きるための栄養を心にいただくことではないだろうか。

13節にこうある「よく奉仕する者は自分自身に良い足場を得、そしてキリスト イエスにある信仰において、大いに大胆になるからです」(回復訳)

 私はこうやって毎日ディボーションブログに関わることによって、沢山の恵を神様からいただいている。ディボーションを書くことによって頭の中も何度も整理される。そして必要な御言葉も主から与えられ、大胆に語れるようになった。荒地を何度も耕して、良い葡萄が出来るように土壌改良しているようなものではないだろうか。7月から今日まで3ヶ月も続けられる事は神様のお導きと恵みなしには続けられることでは無い。雨風を凌いで育つ葡萄の木のように、ディボーションを通して神様の前に自分の本当の心が照らされて、鍛えられ、私たちは成長していると思う。

 ヨハネ15章3節「私がその人につながって居れば、その人は実を豊かに結ぶようになる。」とあるように、主の恵がなければ、主と共にいなければ、実を結べないのである。

 実とは正しい立法に基づき、神様とイエス様の愛を日々感じながら育んでいく御霊の実。皆がその実を一つずつ持っている。小さいもの、大きなもの、緑のもの、紫のもの、様々なぶどうの実が鈴なりになっているのが教会なのだと思う。

 「キリスト教の愛の心が人の悩みを救うために働けば苦しみは消えてその人は生まれ変わったようになる。この偉大な愛の力を誰でもすぐわかるように計画されてできた有機体がこの病院である」と聖路加病院を創設したカナダ人宣教師の”ルドルフ ボリング ロイスラー”牧師は残されている。そんな理念のある場所で鍛えられた事が今につながっている。

 ホノルルキリスト教会も同じである。父なる主、そしてイエス様の愛を知らない人々に愛を表現する場がこのホノルルキリスト教会である。それは物理的に教会に通えなくても、様々な手段で人々が繋がり、主の愛は今もそこにあると言う事を発信し続けることに意義があると気付かされた。


祈り

 天の父なる神様。貴方のご計画は壮大で全てにおいて無駄がありません。今、こうやってディボーションを通してあなたが今まで私になさってくださった事に気づかされました。あなたの愛を今日まで気づかなかった私をお許し下さい。これまであなたが私に与えた訓練の時を忘れる事なく、今度はあなたに用いていただけるよう、いつも私の心を導き強めてください。あなたに近くなればなるほど、あなたの有り余るほどの恵を感じることができます。この感動を分け与えることが出来るよう、どうぞ私をお導きください。アーメン。

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