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2020年10月16日ディボーション

サムエル記 第一 5章、6章

まことに畏れるべき、ただひとりの神


 ここには7ヶ月間、ペリシテ人によってイスラエルから、主の箱が奪われたときの様子が記録されている。

 5章の中で、あることばが私の心に留まった。


6節「主の手はアシュトデの人たちの上に重くのしかかり…」

9節「それがガテに移された後、主の手はこの町に下り…」

11節「神の手は、そこに非常に重くのしかかっていた。」


 神自らが、その御手をもって、ダゴンという偶像神を祭るペリシテ人を次々と打っていく。そのようなこともあって、主の箱は、町々にたらい回しにされる。しかし、神の御手の力と勢いは、その地でとどまることがなかった。


 6章1節~には、「主の箱をどうしたらよいでしょうか。」と、イスラエルの神を畏れるペリシテ人の姿がある。


 聖書を読んでいても、また、今日の私たちにおいても、神はご自分の民とともに、この地で働かれるのをよく見受ける。しかし、このような場面、イスラエルの民(神の民)すらも打ち負かされたその状況で、神は自らその大いなる御手をもって戦い、勝利を治められる。

 まことに畏れるべき唯一無二の神であることを、この地に証明される。


応答

天のお父様、

あなたは偉大な神です。その御手には、力があります。今朝、私にまことに畏れるべき神は、あなただけだということを教えていただき、感謝いたします。

あなたこそ私の神です。私はあなたを畏れます。あなたを拝し、あなたの民として歩み続けることができますように、私を導いてください。アーメン。

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