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2020年10月14日ディボーション

最終更新: 2020年10月25日

サムエル記 第一 3章

「思いをとどまらせなかった咎」13節


語られたこと


 主がサムエルを三度呼びかけて初めて語られたことばは、エリの二人の息子達の身に余る神への冒涜によって、その咎をエリの家族が受け入れなければならない掟についてしめされた。初めて主から語られたことが、よりによって尊敬する祭祀の家族への咎だったとは、従順なサムエルは恐ろしかったと思う。でも、神から告げられたことは決して隠す事ができない、そうしたら神からの罰がくることをエリから言われてすべてを話す。

 エリは、立派な祭祀であるだけにサムエルの口から自分の息子達の犯した罪の為に自分達の家が滅びることを知らされてショックだったと思う。でも、エリは、「その方は主だ。主が御目にかなうことをされるように。」と言えることはすごいことだと思った。

 主の語られることは絶対的なものだ、ということに従うエリの態度がそこにあったと思う。

 サムエルは、2人の息子達に警告したけれど、それは神にとっては軽いものにすぎなかったと思う。神は、もっと真剣になってエリに息子達のことを祈って助けを求めることを待っておられたのではないだろうか?エリはどうして頭に灰をかぶり息子達の為に祈らなかったのだろうか?

 神はどんな人にも平等で真実なお方であられる。神のことばに聞き従うなら救いがある。人が、家族の誰かが神に背いていたら、思いとどまらせることを祈り求めていけるようになりたい。人は神に背を向けている時は自分を見失う事がある。自分自身もそういう時があった。神に背を向けている人々になにを言っても聞く耳をもたない。そういう時は静かに神に祈り続けていくことではないだろうか、それが神が喜ばれることだと思う。

祈り

 愛する天のお父様、今朝の御言葉で、まず第一に、いつでも、あなたに呼びかけ祈ることをしめされました。私達には他者の心を変えることはできません。主よあなたならすべてができるおかたです。私にも他者の為に「思いとどまらせる」祈りをしていくことができますように助けて下さい。

 感謝して主イエスキリストの御名によってお祈りします。アーメン

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